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Fragment /2006-10

Al Di Meola と John Mclaughlin

Al Di Meola と John Mclaughlinの,新作2枚を聴くと,両者の違いが見えてくるかのようだ。
Al Di Meola「Consequence of Chaos(2006年9月)」と,John Mclaughlin「Industrial Zen(2006年6月)」。
いずれも,まだ2回だけしか聴いていないが,正反対でユニークだ。

Di Meolaは「音」そのものを表現し,Mclaughlinは「テーマ」を表現している。
Di Meolaは,対象を突き詰めていく。Mclaughlinは対象を高みから広角で見渡す。
見つめる先は同じであるのに,たどり着く方法が,正反対。
Mclaughlinの方が,神の視点のような,正当派の手段をとっているように見える。偏在する感覚。1曲目など,世界中に,音の分子が飛びまわって弾けているかのようだ。

一方,Di Meolaは,一粒のトルコ石のきらめきの中に宇宙を観る視点を持ち,それを音で表現している。
こういう視点での作品は,音楽でなくとも他のメディアでも,理解されにくいだろう。「Taoism」のことかどうかは不明だが,「Tao」というタイトルの曲も収録されている。
「Consequence of Chaos」は,表現面が際立っており,アレンジの妙とテクニックにのみ,耳を奪われそうになる。根底の世界観まで潜ってたどり着くのは,一苦労かもしれない。
それが,Di Meolaの個性ではある。自分の表現世界を貫こうとする,情けないほどに真摯な姿勢が,垣間見える。

Mclaughlinの方が,求道者のように見えるが,自由闊達だ。
Di Meolaは,崇高なものへと進化し続けているにも関わらず,求道者には見えず,閉じている。

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