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メカは生体と共存する/2005年9月10日

メルトモの泉さんが、指を骨折していたという。日常生活に支障をきたしていたらしい。 泉さんは、成人アスペルガーである。
それで、アスペルガーのように頭脳の働きによる障害と、身体の一部が動かせない障害と、どちらが大変か、という話なんぞをしていた。

いろいろ大変な障害や病気もあるけれど、わたしの個人的な考えでは、本人にとっても家族にとっても、やはりいちばん大変なのは、悪化の一途をたどる病気による障害や、自分の意志で身体を動かせない障害(全身麻痺など)であるように思う。
そして社会生活が困難な障害、重度の知的障害である。

Rainman Toolkitの開発で、いろいろと情報を調べたり、実際に自閉っ子と会ったりして感じるのは、自閉症と知的障害の重複障害である場合、生活上の困難を呼び起こすトリガは自閉症であっても、その困難の解決に支障をきたすのは知的障害の方ではないかということだ。自閉の度合いにもよるが、知的障害の方が、重大な課題ではないだろうか。
泉さんのように翻訳の能力を持つ自閉の人と、メールをやりとりしていると、重複障害の場合、優先して克服されるべきは自閉ではないのかもしれない、と強く感じる。

だが、将来、知的障害は克服されるだろう。
心臓の悪い人は、ペースメーカーを埋め込むように、HDやメモリやその認識が悪いのであれば外部HDを取り付け、メモリを増設する方法が、現れるだろうからだ。
もっとも、そのとき、人権侵害や神の領域についての論議が巻き起こることは、いうまでもない。特に、実際に困っている保護者や当事者ではなく、彼らの生活には無関係な外野から、騒ぎは起こる。

自閉傾向については、必ずしも機器で補完する必要性があるとは思わない。自閉はスペクトラムであるから、障害の程度にもよるし、本人の意思次第だろう。身体的に本人が辛いのであれば修正した方がよいのかもしれないが、社会生活上の問題は、自閉者を社会に合わせるよりも、社会が自閉者を受け入れられるようなシステムを構築すべきだ。
やみくもにスキゾな遺伝子を潰してしまうと、社会は停滞状態に陥り、変化がゆるやかになり、不満が蔓延し、危機に陥る恐れがある。常識では考えられない、ありえない2つのテーマを接続する回路が、スキゾな遺伝子にはある。改善や発明には、そういう回路が不可欠だからだ。

知的障害の生活や認識上の不便をメカで補完するという考えは否定されやすいが、百歩譲って、介護をロボットに任せるという考えであっても、これまた否定されやすい。
わたしは、もし、自分が将来寝たきりにでもなったら、「老人Z」のようなロボットに看てもらいたい。
介護者のペースでムリヤリご飯を食べさせられたり、交換されないままのオムツをつけるなんて、イヤだ。
嚥下したかどうかを胸に付けたセンサで判別してスプーンを差し出してくれたり、湿度を完治して自動的にオムツを交換してくれることを望む。
それに、タダでさえ、人とのコミュニケーションが苦手なのに、高齢になり、自分の身体を動かすことさえ辛い状態で、どうして、ヘルパーさんとの会話にまで、気遣いすることができるだろうか。
大昔、介護ロボット開発のWebに関わり、会合を取材し、すばらしいアイデアだと思った。何が何でも人手、心のふれあいが重要、というのは、一見気持ちのやさしい話のようでいて、実際は、介護を何も分かっていない人間の幻想である。 「大丈夫?」とやさしく声をかけてくれて何もしようとしない(あるいは、助ける方法が分からないか、本人も高齢や障害のために出来ない)人間よりも、何も言わなくても不可能または辛い動作を代わってくれるメカの方が役立つ局面も多い。心とか、ふれあいとか、コミュニケーションとか、抽象的な言葉には要注意だ。抽象的なままで終わってしまうからだ。言葉をかけてくれたからといって、オムツは交換されるわけではないし、水を飲ませてもらえるわけでもないのだ。
また、要介護者に対して、やさしく、相手のペースに合わせて接するには、介護者が心身ともに健康でなければならない。
だが、介護者だって、人間であり、介護は、重労働なのだ。介護者だって高齢化するし、人間の体力には限界がある。ヘルパーの資格を取得した女性が、何年鍛えたって、全員がケインコスギや角田信朗になれるわけではない。ときには自分以上の体重の人間の身体を支えるための体力を、何十年も持ち続けるなんて、精神論で片付く問題ではない。

政府には、介護ロボットの研究開発費用を、ドンと出してほしいと願う。
介護保険を見直したり、在宅介護を勧めたり、外国人労働者を頼るといった対症療法だけでは、いつまで経っても対症療法でしかない。
ロボット同士を戦わせる競技も結構だが、学生たちのレベルは確実に向上している。そろそろ、格闘技ではなく、現場で役立つロボットの開発を競う大会を催すことに、目を向けてもいいのではないか。
そうすれば、学生たちは、開発にあたって、障害者や高齢者と向き合い、ヒアリングの重要性、ユーザの声を受けとめる姿勢も学ぶだろう。それは、ひいては、IT国家の底上げにもつながるはずだ。

そして、いちばん重要な排泄の問題についても、開発費用を、捻出すべきだ。
オムツなどという、当人は不快で、交換しなければ虫が湧くようなものを、これだけ技術の進んだ社会で、なぜ使わなければならないのだろうか。小の方なら、まだ分かる。だが、大の方は。ヘルパーが、介護者の肛門に吸い取り口をあてれば、あとは自動的に吸引、乾燥し、衛生的な処理をして、ベッド横のタンクに貯蔵するような装置を開発すべきである。宇宙開発の技術をもってすれば、技術的に不可能であるはずがない。

要は、予算と需要と世論の問題なのだろう。

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