Archives > Essay(2003.3-2004.7)
というわけで,そんなアレルギー体質の人間が,ロボロフスキーハムスターを飼っている.もちろん,細心の注意を払いながら,だ.毎日のエサ替えのときはビニール袋で手を覆う.1週間に一度の掃除の日には,花粉症用マスクにエプロンに手袋の重装備.ケージに触れただけでも手を洗う.
でも,まさかハムスターに噛まれてアナフィラキシーショックを起こす恐れがあるなんて,知らなかったよ.それを知った日から,おやつをあげるときは,ピーナッツの殻をむいてから,一度せっけんで手を洗うことにした.ピーナッツの匂いを落としておけば,誤って齧られることがないからだ.もっとも,やつらは,とても慣れていて,手を齧る気配などさらさらない.でも,万が一のことは避けたい.飼う前に,ずいぶんWeb上で情報を得て検討した上で,これなら大丈夫という方法をとっている.
やつらとの関係は,飼い主とペットではなく,上司と部下である.前歯が2本出ていて,好きな食べ物も同じ,隅っこに巣を作りたがり,暗いところが好き,というわけで,対人間よりも,なんだか分かり合えているのである.
名前を,ソクラテスと,ガリという.ロシア原産ということなので,フルネームは,タマーラ・ソクラテス・ニゲルノスカヤと,アナスキージャ・ガリレオ・ガリレイ・カジリエフである.まぁ名前そのままである.ソクラテスは逃げようとしてはスカに終わり,ガリレオは穴が好きで牧草を掘っては潜り,齧り木はおろか回し車までガリガリガリガリ齧る齧るまた齧る.
ソクラテスは,一人で物思いにふけっていることが多い.ガリの方はといえば,地球が回るのではなく,自分が水槽の中をぐるぐる回り,ソクラテスにぶつかって思索をジャマしては,逆ギレされている.あまりジャマをされるので,とうとうアタマに来たソクラテスがガリのお尻に噛み付いた.そんなわけで,ガリのお尻は,いま,五円ハゲ状態だ.砂浴び場でも,相撲が始まる.後ろ足で立ち,取っ組み合いをする.ガリがちょっかいを出すからいけない.ソクラテスは放っておけばおとなしいのだが.どちらも,お嬢さんなのに,足を踏ん張って張り手である.見ている方はおもしろいけど,うーん,お嬢さんのすることかねぇ,と思ってしまう.
別に仲が悪いわけではない.ソクラテスが,一度,砂浴び器と水槽の壁の間に挟まって逆さ吊りになったとき,ガリは駆け寄り心配そうにしていた.飼い主がすぐに助けたわけだが,ガリに引き上げようという気があっても,尻尾は5mmもないので,ロープ代わりにならない.
飼育環境については,いろいろ試行錯誤をしてみたが,結局,水槽に落ち着いた.金網のケージは,ダメだった.脱走をもくろんで金網を齧る齧る,一晩中齧るので,うるさくて仕方ない上に,脱走の恐れがある.やつらは,1cmの隙間があれば,もぐりこんですり抜けてしまう.水槽に,新聞紙を敷き,牧草を敷き詰める.回し車は,やつらの生きがいで必需品.砂浴用の器と,齧り木と,プラスチックのエサ入れ.水槽の壁にマジックテープで取り付けられる給水器.巣は,「ハムスターのおふとん」という綿を投げ入れているだけ.あとは,やつらが勝手に手でちぎってベッドメーキングしている.ラップの芯も,くつしたも,ティッシュケースも試したけど,ラップの芯では綿が入らない.くつしたは不潔になる.ティッシュケースは齧って遊ぶだけ.巣箱とティッシュを入れておくと,自分で巣の中にティッシュを運んで布団にするハムスターもいるらしいが,それは通用しなかった.ソクラテスは賢いが,ガリはおバカなのである.水入れの下にティッシュを引っ張っていった.水浸しになったティッシュの水を,下に敷いた新聞が吸い込み,水槽全体が蒸気に包まれてしまった.なので,結局,綿を入れるだけに落ち着いた.
冬の寒さをどう乗り切るかという問題もあるが,暖房は入れていない.ダンボール箱に空気穴を開け,逆さにかぶせている.もっと寒くなったら,アルミ蒸着の防寒シートで覆うつもりだ.いまのところ,冬眠の気配もなく,大丈夫みたいだ.
食べ物の好き嫌いは激しい.主食は市販のハムスターフードだが,好きなものばかり選んで食べる.好きな副食は,ブロッコリー,白菜,きゃべつ.好きなおやつは,天津甘栗,焼き芋,ピーナッツ,りんごである.でも,やつらは,一日に小指の先ほどの量しか食べない.そのため,さいきんブロッコリー料理が増えてきた.
ロボロフスキーハムスターは人に慣れないというが,固体によるようだ.少なくとも,ソクラテスとは意思疎通ができている.やつの考えていることは,分かる.アナフィラキシーショックのことを知り,手乗りにすることはやめて,ピーナッツや甘栗は,つまんで渡しているのだが,それが逆にバカらしく思えるほど,通じ合っている.待ちかねたように駆け寄ってきて,わたしの指を,小さい両手でしっかり挟んで,うれしそうにおやつを齧る.最初は,ソクラテスの方が臆病で,ガリの方が人慣れしていてずぶとかったのに,いまは哲人(哲鼠)の方が友情を感じているらしい.
昼,エサと水を代えに行くと,ソクラテスが大喜びで巣から出てくる.ガリは高いびきである.前日の残りのエサを捨てると,ソクラテスは,空になったエサ箱に仁王立ちになり,両手を振って,「早くごはんちょーだいちょーだい」と要求する.エサを入れるや,すぐにエサ箱に陣取ってヒマワリのタネを食べ始める.白菜を入れようとしても,退いてくれないので,「ちょっとちょっと,どいてよ」と背中を押さなければならない.まったく慣れているというか,なめているというのか.
1週間に一度,水槽の大掃除をする.駐車場で水槽を丸洗い.除菌スプレーを吹いて,二度洗い.エサ箱も,回し車も,徹底洗浄.やつらにしてみれば,掃除の間,狭い虫カゴに入れられて迷惑だろうが,こちらはアレルギー体質なので,清潔を心がけなければお互いに困ることになってしまうのである.
わたしは,ハムスターをつついて遊んだり,ハムスターなりの生活ペースを崩すことはしない.
幼稚園の頃から,ずっとカナリヤを飼っていた.小学校のときはずっと「理科係」なるものをしていて,いろんな小動物を育てた.何も飼っていなかったのは,ここ数年だけ.カナリヤは,玄関にカゴを置いて,つがいで飼っていた.ある日ヒナが生まれた.カゴの戸を開けておくと,わたしが本を読む机の上に,いつもヒナが遊びに来た.冷暖房のリモコンのボタンをクチバシでつついて,スイッチを切ろうとするので,目を離せなかった.親子三羽とも自分で風呂に入り(水浴びをし),毛づくろいをしてから,部屋に遊びに来た.用を足すときは,必ず,カゴの中に帰っていった.
何かをしてあげようとか思わずに,神経質にもならずに,人間の生活や価値観を押し付けることなく,動物には動物なりの生活がある,という態度で接するのがよいのではないかと思う.
人は人で生きているので,ハムスターはハムスターなりにがんばって生きろ,最低限の世話はするから.自分のことは,できるだけ自分でやってくれ.口出しも手出しもしない.だけど,一つ屋根の下にいる者同士,できるだけ仲良くやろうぜ.それが飼い主の方針である.
さて,いまは,夜中の0時半である.この時間帯から,やつらは,絶好調だ.回し車を回すので,おなかがすくらしい.おやつを持っていくと駆け寄ってくる.今日は,天津甘栗を買ってきたので,あげてくるとしようかな.