Archives > Essay(2003.3-2004.7)
花粉症とネットサーフィンのしすぎ(仕事)とストレス(?)により、頭痛がひどい。小さい頃からの頭痛持ち。でも、ベスト電器のポイントカード5000円分の使用期限が2月末だったので、頭痛をおして出かけた。20mのストレートケーブルやUSBハブを購入。元気なときでさえ、買い物がコトのほか疲れるわたしは、結局、帰社したときにはフラフラで、一日パソコンに向かうことができなかった。ここ数日は締め切りが迫っているわけじゃないから、まぁいっかぁ。
頭痛のときは、音が、ことのほか、つらい。健康なときでさえ、パソコンの音、蛍光灯の蛍光管の電子の流れるような音、ファンヒーターの音が耳について、それをムリヤリ意識から追い払って仕事をしているのに、そのうえTVがついていると、アタマの中をかきまわされているような状態になる。思わず、耳栓お試しセットをネットで購入してしまった。
アナフィラキシーになりにくそうな頭痛薬をエイヤっとばかりに飲む。今日の頭痛度レベルは、熟睡中に頭痛で目が覚めるほどのものではないから、日常生活には支障ない。寝込んでしまっては、仕事のメールに対応できないから、一応事務所でゆるゆるしていることにする。頭を刺激しないことをしようと思い、本を読む。昨日、Amazonから届いたばかりの本。青野由利著「ノーベル賞科学者のアタマの中」。タイトルを見ると「エッ?何の本」と思うだろうが、内容はといえば科学の歴史と展望を語った読み物で、仕事で酷使した左脳の休息にはもってこいだ。
どうしてこの本を買ったか。親戚(国安の義兄)が毎日新聞の勧誘の仕事をしているために同紙を購読しているのだが、ときどき面白い科学コラムが載っている。その執筆者が書いた本を読んでみたいと思い、検索して購入したというわけだ。
感想を、一言。
時間のトンネルの壁に、経験する事象を表す絵を貼り付けたとしよう。ヒトがこのトンネルの中を歩いていく。その刹那刹那でたちどまり、壁に貼られている絵を見る。目に映るのは、経験してきた現象を表す絵である。ヒトは、過去から未来に歩いていると思っている。
逆に、ヒトが一箇所にとどまっており、時間のトンネルが迫ってくるとしよう。ヒトには、迫ってくるトンネルの壁に予め貼られている絵が見える。しかし、トンネルを意識していないヒトや、遠くが見えないヒトには、迫ってくる絵が見えないかもしれない。
ヒトは、誰でも、自分自身が過去から未来へ向かっていると、感じているのだろうか。時間が、過去から未来へ流れていると感じているのだろうか。わたしには、その感覚が全く分からない。わたしは、いまここにいる。わたしは、移動しておらず、未来に向かって歩いてもいない。時間の矢の方向性を感じられないのは、わたしの脳の欠陥なのか、それとも、わたしが正常なのか。
すべてのヒトが、時間というものを、同じように感じているという前提条件が、そもそも間違っている。わたしのように感じているヒトも多数いるはずだ。「真理は見つけるものではなく、向こうからやってくるものだ」ということを肯定するヒトは、たぶん、わたしと同じ時間感覚を持っているに違いない。
もし、この感覚が、脳の機能不全か欠陥によるものであれば(わたしは仮死状態で生まれ、頭部外傷も負っているから)、わたしは、流行の言葉で言えば「バカの壁」によって、一般的な時間感覚を感じられない脳を持っているということになる。
ということは、時間や意識に関していろいろな解釈があったとしても、いま最高の頭脳を持つ「ヒト」だって全知全能ではないのだから、それはそのヒトが考えうる範囲の解釈でしかない。何十世紀か後の世界的な学者にだって、バカの壁は存在するわけで、結論にはいたらないということになる。となれば、意識は量子力学で解明することができず、「問題はむずかしい」派が正しかった?ということになってしまうのだろうか。
そのむかし、卒論のテーマが時間論と決まった段階で就職してしまって以来ずっと、浮世の仕事をしているわけだけれども、時間に関心を持った理由は、どうやら、わたしと他のヒトの時間に対する感覚の違いにありそうな気がする。
現在、自閉症児のツールの開発という仕事をしている。手がけ始めた当初は、その仕事と、自分のこれまでの経験や感覚には、何も接点がないと思っていた。だが、自閉症児の時間感覚について調べるうちに、なんだか、「.NET Compact Frameworkを使ったポケットPCプログラミング」という実務の枠を超えて、とても深遠な問題に首をつっこんでしまったのではないかと思ってしまう。
人生のすべての現象は、どこかでつながっていて、つじつまが合っているものだ。若い頃には、そのことに気付かず、自分のやりたいこと以外は、真剣に取り組まず適当にお茶を濁す人が多いのだが、それはもったいないこと。
「いつでも何にでも一生懸命」という性格で人生トクしてるかもなぁ、わたし。
というわけで、なんとかごはんも食べて、一冊読み終えたところで、薬がきいたのか頭痛が少しおさまってきたので、それがうれしくて、こんな文章を書いてしまった。