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量子コンピューティングと、XML

量子コンピューティングに直面する現場

量子コンピューティングの実用化に関するニュースが、散見されるようになった。
量子力学が既に利用されていると言っても、これまでは、ハードウェアの中の話だったので、我々、末端のアプリケーション開発実務者には影響はなかった。
ところが、これからの量子コンピューティングは、開発実務者に、パラダイムシフトをもたらす。

開発の現場においては、量子コンピューティングのもたらす技術革新は、次のような事情で、懸念されている。

システムハウスに勤める開発実務者の多くは、個人情報の保存・管理に関わるシステム構築を避けて通ることができない。そのため、暗号化は、最大の懸念材料となりうる。
だが、懸念はするものの、量子コンピュータは、まだ理論がようやく形になり始めたばかりで、実用化や普及は、まだまだ遠い先のことだと、考えている人もいる。

また、ビジネスアプリケーションで扱う情報量であれば、量子コンピュータは用いられず、膨大なデータを扱う科学技術計算以外の用途では普及する可能性は低いと予測し、直面するであろう課題は暗号化技術だけだと考えている人もいるだろう。

筆者なんぞは一人だけのSOHOなので、情報公開サイトやプロトタイプ開発のみ請けており、個人情報や機密情報は扱っていない。そのため現状の業務そのものは暗号化技術革新の影響を受ける恐れが少ないといっていい。だが、ハードウェアの技術革新は、気になる。

現場の実務者の足元をさらう、大波

 量子コンピュータが、科学技術計算以外の用途で普及しないとはいいきれないかもしれない。
 なぜなら他の用途での普及に言及していないのは、その発言の主が研究者であって、ビジネスパーソンではないからである。そこに新しい技術がある限り、それを「いかに利用すれば」利益をもたらすかを考える人間は必ずいる。そして、優れたビジネスパーソンは、研究者や技術者が思いもつかないようなことを、考える能力を持っている(そのアイデアが社会にとって良いか悪いかは別として、考え出して実現するためのビジョンを構築できるのが、経営者の資質というものであろう)。そこに、利益をもたらすかもしれないアイデアがる限り、現場の実務者は、アイデアの実装を求められるようになるのではないだろうか。

 また、量子コンピュータの普及が、遠い先だともいいきれない。
 この、わずか20余年で、一室を占拠していたコンピュータは、PDAにまで進化した。さらに、インターネットの進化は、研究者同士の連携を可能にし、技術革新を加速させている。
 パソコンが普及し始めたのが1980年頃であり、その数年後にはもう教育現場で広く使われるようになった。四則演算ひとつ行わせるにも、パンチカードを与えなければならなかったものが、いまや、親指1本で通信まで出来る。先日、イベントでWindows次期Serverのデモを少し見たが、XPマシンで動作させていた。1台のハードウェアに1つのOSという時代も去った。現場の開発実務者は、技術革新から逃れることはできない。5年先10年先は不透明だ。

 開発現場はデスマーチであり、生き残っている実務者には、体力のある30歳代以下の若い人たちが多い。若い実務者は、まだまだ大がかりな量子コンピュータの試作品の写真をWeb上に見ても、それがデータセンターで稼働するようになるなんて現実離れした話だと考えるかもしれない。年配の実務者ほど、技術革新が差し迫っているように感じるだろう。

現場の課題は、暗号化技術だけではない

 私は、現場に影響する問題は、暗号化技術だけではないと考えている。むしろ、現場の実務者は、それ以上の課題に直面することになると考えている。
量子コンピューティングのベースとなっている量子力学が、開発実務に影響するポイントは、3つある。

1) 量子の重ね合わせ~データ形式が変わる?

 現在のコンピュータは、1か0かのビットで情報を処理している。量子コンピュータは、量子の重ね合わせ、つまり1でもあり0でもある状態を扱う。1と0がコインの両面だとすれば、2のn乗を扱い、膨大なデータを瞬時に処理できる究極の並列処理となる。そのために暗号化解読の懸念が言われるわけだが、実務者にとっては、さらに根本的な部分が激変する恐れがある。

 実務でXMLデータを扱う際に、もっとも処理効率に影響するのは、祖先―子孫関係(2階層までであれば親子関係)と子孫―祖先関係、多階層構造と2階層属性値のみの構造、要素視点からの属性値と属性値視点からの要素、といった、相反する関係を、同時に扱えないことである。
 現在のコンピュータはクロック信号に基づいて1か0かで処理しており、パーサが時系列に沿って走査するのだから、相反する状態を同時に扱えない状況はやむをえない。だが、現場では、その理論に基づいた仕様では実装できない要求が多々出てくる。

 目的別のツリーでなければ処理が逆に複雑化するケースでも、顧客側からは1種類にという要求が出る。データを的確に表すタグ名を付けられず、XMLの意味が薄れてしまうため、適切なタグ名適切な構造のレガシーデータを作成し、それを一度操作しやすい形に展開して利用する方法を採用する。メモリ上に一時的に構築したDOMツリーを操作したり、XSL変換で切り抜けることもある。現行の仕様は「正しくても、実務では使いづらいが、ハードウェアの制約上、やむをえない」だから「何とかするのが実務者の務め」だと考えている。

 もし、量子コンピューティングの進化によって、相反する構造をコインの両面のように扱うことが可能になるならば、現場の問題の大部分が解決されるかもしれない。そうなると、量子コンピュータ対応のパーサで処理する、次世代のデータ形式がもとめられるようになる。それは、RDBではなく、XMLに基づくものになるだろう。XMLは、人の行動や社会構造など、世界を表現できる可能性を持った仕様だからだ。
 量子コンピューティングの実用化はこれから先のことであるから、仕様の研究者が理論上改善したい点と、末端の開発実務者が実践面で不便な点をピックアップし、それに基づいてベンダ側が対応パーサを開発するなら、理論・実践両面のバランスが良いものになる。
 つまり、XMLという仕様の再構築が、もとめられている。

 そのためには、研究者だけでなく、末端実務者側にも、データ構造や、量子コンピューティングへの理解が必要となる。文系プログラマが増えているが、将来的には、プログラマとデザイナーのコラボレーションというよりも、文系と理系のコラボレーション体制が重要になるだろう。

2) 量子の絡み合い~トランザクションに影響?

 「量子の絡み合い」は「量子的な非局所性」ともいわれるが、別々の離れた場所で起こる2つの事象が、物質としては分離しているが、メッセージとしてはつながっている状態のことである。一方のメッセージが分かれば、もう一方のメッセージも分かる(一方のスピン状態の測定により他方の状態が瞬時にフィックスする)。この「絡み合い」の性質が、将来的には、量子暗号に使われるらしい。

 「量子の絡み合い」を利用するということは、一方の状態を書き換えたかのように偽装すれば、もう一方の状態が書き換えられたかのように誤解させることも可能になるということなのではないだろうか。暗号化技術や通信技術については専門ではないので(あくまで専門はXMLなので)的を外しているかもしれないが、前述のように、データ形式が変わった上に、トランザクション処理が根底から覆されるような気がしてならない。開発実務者だけでなく、顧客もエンド・ユーザも、常識の転換を迫られるかもしれない。

3) 観測問題~ブラックボックスが増える?

 観測しなければ観測結果は得られないが、その観測行為が観測結果に影響を及ぼすというのが、観測問題だ。哲学の場合は「観測問題」という言葉はかなり広義の意味を持ち、「任意の対象認識の過程に、観測するという行為を持ち込むことによって認識の結果が影響を受けること」で、主体は「人間」にある。量子力学の場合は、厳密であって狭義であり、「人間が認識する問題」ではなく、「観測装置による測定結果を人間が認識する問題」である。

 観測行為が観測結果に影響を及ぼすというのは、たとえは悪いが、ライブで客層によって曲目が決まったり、読者参加型の小説で読者層によってストーリーが決まったりするようなものである。観客(観測者)と曲目(被観測対象)を分けて捉えず、ライブハウスという場をひとまとめに考えれば、確率論的に曲目(結果)は決まる。

 ただし、誰もが期待する曲が演奏された、その決まり方の過程は、ブラックボックスだ。観測した瞬間に、確率の波の束の方向性が定まり(波束の収縮)、密度行列の非対角成分が消えて結果が決まる。非対角成分がいったい何であったのかは分らない(どんな密度行列が実在したのかは分からない)。「いかなる過程を通って、いかなるしくみで」その結果が得られたのかが、分からない。そうでなくとも、開発実務は、GUI化が進んでブラックボックス化している。にもかかわらず、量子コンピューターが実用化された暁には、さらにブラックボックスが増えることになるらしい。

 「プログラムは動いてなんぼ」と言われる。これは「動けば、その過程はどうでもよい」ということではなく、「理論ばかりで動くものが出来なければ意味がない」ということだ。それは我々現場の実装者のためにある言葉であり、研究者には似合わない。研究が純粋な自然科学であっても、実用には哲学がなければ、責任の所在が曖昧になる。量子コンピュータが普及した暁には、現場の開発実務者にも、観測問題への基本的理解がもとめられるようになるだろう。

(2007年7月31日)

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