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Roger Penrose "Shadows of the Mind"

ロジャー・ペンローズ「心の影~意識をめぐる未知の科学を探る~」
 職業柄,当然,画家エッシャーには関心がある。そのエッシャー展が市内の美術館であったので、出かけてきた。数学者ロジャー・ペンローズ博士の著書で引用されている「円の極限」も展示されていた。1986年の「美術手帖」ではエッシャーの特集記事が組まれていたが,ペンローズについては触れられていなかったように思う。最初の邦訳「皇帝の新しい心」が1994年刊だから、クローズアップされていなかったのかもしれない。その著書を読んだのは、最近である。
 もっとも,量子力学に関心を持ったのは,大学生のころだった。この世界を語るには言葉は無力であると感じ,物理学の知識の必要性に焦りを募らせていた。そこで,基礎知識がなくともイメージで理解できるブルーバックスなどを読みふけっていた。
 世界の構造を知りたいと願う動機には2種類ある。ひとつは世界の不思議にうたれる経験の説明,もうひとつは個人的な経験の解明である。前者は,まずは専門分野を究めてその学術的知識をもって世界を説明しようとする。後者は,世界の構造を少しでも理解できる可能性が高まるのならと,ヒントがありそうだと感じるや,それが専門外であっても首を突っ込みたがる。
 前者は先達から学ぼうし,後者は学ぶことから遠ざかる。私は後者である。
 最初に読んだのは,「心は量子で語れるか」だった。そして,その斬新な提案に満ちた,新時代のための科学の企画書ともいうべき内容に関心を持ち,すぐさま「心の影」を購入した。さらにそれ以外の書籍も購入した。集大成とも呼べる全集も販売されているが、それらは持っていない。
 以下に,私が持っている本の内容を紹介する。(以下、「*」は、「心は量子で語れるか」および「心の影[1][2]からの引用)
ペンローズ博士は、まず、3つの世界の関係性を示す。それは、プラトン的世界(Platnic World)、物理的世界(Phisical World)、心の世界(Mental World)だ。数学者は、プラトン的世界にある数学的真理に気づくことができる。
そのような気付き(Awareness)をもたらす人の意識を生じさせるものは何か?という問題に対して、次の4種類の観点があるとする。
A. 全ての思考は計算可能(computation、強いAI万能主義、クオリアも計算により喚起できるとする機能主義)
B. 全ての思考は脳の物理活動。人の意識的活動はシミュレートできる。だが、シミュレーションから意識は発生しない。(existing science、弱いAI主義)
C. 脳の任意の物理活動が意識を引き起こす。この物理活動はシミュレートできない。(extended physical world-view、意識活動の解明のために新しい物理理論が必要だとする主義)
D. 意識は、物理的、科学的には、説明不可能(something beyond science、神秘主義)
ペンローズは、このうち3番目「C」の立場をとる。
  AまたはBのAI支持の観点では、技術進化により、いつの日か人の意識活動はコンピュータによる計算で代替できるようになるとする。これに対し、ペンローズは、「計算的規則の根底にある理解そのものは、計算を超えたもの*」であり、「数学的理解というものは計算に還元できない*」とする。
A.B.の観点を持つ人々に対し、人の意識の中に、非計算的要素があることを示すために、ゲーデルの定理(非停止計算問題)を用いて、「人の理解がアルゴリズム的な活動ではありえない*」と喝破する。ゲーデルの論法は、数学的真理にアクセス不可能だと唱えているわけではなく、数学的知覚が単なる計算ではなく、意識的な気付きが関わるものであることを告げているのだと、ペンローズ博士は言う。
次に、3番目「C」の考え方を裏付けるために必要なものは、古典レベルの世界観(Classical Level)と量子力学の世界観(Quantum Level)にまたがる、新しい物理理論「OR理論(Objective Reduction)」だと強調する。
ペンローズ博士には、その理論が、「これまでうまくいっていたU量子論(および一般相対性理論)のすべての成果が再現できなくてはならない」しかも「R手順を何らかの真の物理的過程で置き換えるようにしなければならない*」という「強固な信念」があるという。
そして、その確立の必要性を読者に訴えるために、古典レベルと量子力学のアウトラインの解説を展開する。
量子力学には謎が多い。中でも重大な2つの謎を、Xミステリー、Zミステリーとして解説している。
Xミステリー:「観測問題」量子レベルから古典レベルの間で、U(ユニタリ発展)からRへと法則が変化する問題。
Zミステリー:「量子的な非局所性(量子的からみあい)」(EPR型Zミステリー)
 特に、このZミステリーを解くために、ペンローズは、新しい世界観が必要だと強調する。時間についての物理的観念を疑い、「世界に対する見方を根本的に変える必要がある*」。
その新しい理論の突破口として、量子脳の中で大規模な量子活動が起こっており、高温超伝導(高温といっても-23℃)により、生物的システムにも量子コヒーレンスが起こり得るのではないか、その発生場所が、ニューロン以外にあるのではないかと提唱している。その根拠は、ニューロンやシナプスを持たないゾウリムシに危険察知や学習能力が認められるということにある。
そして、量子コヒーレンスの発生場所は、ハメロフ博士との協同により、細胞骨格中の微小管ではないかと示唆する(微小管内部の量子コヒーレンスを語るくだりには、賛否両論あると思われる)。古典的に相互連結したコンピュータ様のニューロン・システムは、細胞骨格で生まれる自由意識に左右されるというのだ。「ニューロン・レベルの記述は、より深い細胞骨格レベルの【活動の影】にすぎない*」。
プラトンの数学的図形の世界から、物理的世界が出現し、そこから心の世界が出現してはいるが、この3つの世界は循環している。
プラトン的世界から心の世界の方向へ矢印が向かったとしても、心の活動が数学的図形を呼び起こすのであれば、完全な図形は人の【思考の影】であり、これら3つの世界が「1つの世界」を構築しているというわけだ。
人が革新的でエレガントな発見をした時に、その脳内で起こっているはずのAwarenessを、トップダウン型(現行のプログラミング)でもボトムアップ型(自己成長型、AI)でも再現することはできない。そのAwarenessの起こるしくみを解明するには、現在の量子力学で十分とする考えをいましめ、専門や分野の壁を打破し、意識を解明するための新しい物理理論を探求する姿勢が必要だと力説しているのである。
(2009年9月記)
勝手リンク
上記、Abstract中の、4つの観点A.~D.の図が、「KITP Public Lectures」にあります(図番号は02)。検索して見つけたサイトですが、リンク規約が見当たらず。リンクしててもいいのかな。
NTT InterCommunicationの、ペンローズ博士と 佐藤文隆博士の対談
第1号は本箱にありますが、その後買っておらず...。とても良い内容の対談。
M.C. エッシャーの公式サイト
原画を観る方がいいのですが......ハウステンボス美術館にあるのだそうな。「ろうそくの火」なんて、デジタルでは、あの揺らめきは、決して表現できません。本物は、質感が違う!
「心の影 [1][2]~」林一訳。みすず書房。訳本は繰り返し読んでいる。面白い!
「Shadows of the Mind」VINTAGE BOOKS。(原書はまだツマミ読み程度)
「皇帝の新しい心」林一訳。みすず書房。
エンジニアの読者には,本題には直接関係のないところで「アルゴリズムとテューリング機械」の節が面白いはず。
「The Emperor's New Mind~With a New Preface by the Author~」OXFORD UNIVERSITY PRESS(原書はまだツマミ読み程度)
「心は量子で語れるか」中村和幸訳,講談社ブルーバックス。
「The Large, the Small and the Human Mind」Canto Book。
The Large は"宇宙", the Small は"量子", Human Mind は"意識"を表している。言葉のリズムが、詩のように美しい。
CYCLES OF TIME ~ An Extraordinary New View of the Universe
新刊です!!ワクワク。うれしくてたまらない。早く仕事のメドつけて読みたい。願わくば、学生時代に、こういう本に出会いたかった。
未読。「The Road to Reality ~ A Complete Guide To The Laws Of The Universe」 (Knopf)
概念の世界(プラトン的世界)から,実在への道程を明らかにしていく~The Road to Reality~試みのよう。学習書の趣で、(私が上記本を読んでいる方法である)数式をイメージに置き換えて把握する読み方ではダメで、基礎を学んでから取り組むほうがよさそう(いつになることやら)。
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